令和5年9月
The International Baccalaureate
東京都立小石川中等教育学校
鳥屋尾 史郎
2学期が始まりました。皆さんは夏をどのように過ごされましたか。ふだんは経験できないような長期間の旅行に行くなど、たくさんの思い出をつくられたことと思います。
私は3年生と一緒に、アデレードに海外語学研修で出かけたことが、夏休み中の一番大きな思い出です。3月に現4年生とアデレードに行った時と同様に、3年生も8校の交流校に分かれて、海外語学研修を体験しました。その交流校の中に、ノーウッドインターナショナルハイスクールと言う学校があります。毎年アデレードに行く小石川の生徒たちは、オーストラリアが移民の国で、全ての交流校にはいろんな国から移住してきた家族の子供たちが通っていること、合わせて大勢の留学生徒を引き受けていることを体験します。中でもこのノーウッドという学校は、80を超える国からの生徒を引き受けていて、国際色がとても豊かな学校です。前回の3月の訪問の時には聞いた記憶がなかったのですが、今回の訪問で、ノーウッドにインターナショナルバカロレアのカリキュラムがあり、そのカリキュラムを修了して、大学受験資格を取得している生徒がいるという話を聞きました。
インターナショナルバカロレアは略してIBと呼ばれます。このIBは、本部がジュネーブにある国際バカロレア機構が提供する国際的な教育プログラムのことです。IBの教育プログラムを設置している学校は159か国、約5600校あって195万人の生徒が学んでいます。そして所定のプログラムを修了することで、生徒たちは国際的な基準で大学入学資格を取得できるようになっています。最もIBが設置されている学校が多いのはアメリカで、オーストラリアもIB設置校の数で上位に入っています。しかし、日本ではIBを設置する学校が増えてきてはいますが、まだまだ十分ではなく、東京都内でIBがある学校はインターナショナルスクールが圧倒的に多く、公立学校である都立高校では都立国際高等学校のみがIBの設置校となっているだけです。
このIBが世界中の国で、国際的な大学入学を認可する共通の教育基準として広がるようになった背景には、これまでどの国の中等教育も独自性が強く、生徒は自国以外の大学進学が困難であったのを、一定の教育的な達成の基準を設けて、大学における高等教育を国境を越えて自由に受けられるようにしていこうという、グローバルな考え方が広がっていっていることがあります。どの国の高校生であってもIBの教育プログラムを受けて修了すれば、アメリカやヨーロッパなどの高度な高等教育を行っている大学に入学する資格を有することができるので、国内に自分の学びたい学問分野がない若者にとって、海外大学進学が容易になることから、多くの若者がIBを希望し、そのことが世界中で広く受け入れられてきたと考えられます。
日本でIBがなかなか広がらない理由は、いくつか考えられますが、日本には学習指導要領という歴史的な経緯を踏まえた独自で強固な教育プログラムが存在し、IBとは体系が異なった学習活動が一般に行われていること、国内で完結している東京大学を頂点とした独自の大学ヒエラルキーができあがっていて、高等教育の国際化が進んでいっていないこと、IBを学習していくための外国語の習得の十分なレベルに、多くの10代の若者が達していないというような現状があるからと思います。
もともとIBの教育プログラムで使用される言語は、英語、フランス語、スペイン語で、のちに、それ以外のそれぞれの国の母国語でも用いられることが認められるようになりました。したがって、日本のIBのスタート段階では、IBの教育プログラムで学習するためには、native並みの英語力が必要と考えられていました。それだけの英語力を10代で有するためには、多くの場合、一定年数の英語圏での生活経験と現地校での学習体験が必要と考えられていました。そのためIBは、日本の教育制度に馴染まない海外生活が長い子供のためのプログラムであるとか、海外の現地校に通っていた生徒が帰国した際に、日本の学校に入学せずに、インターナショナルスクール入学を選択し、IB修了後に海外大学に進学していくためのものといったイメージが先行していました。また、IBで教える側の教師についても、都立国際高校がIBを開設し、IBを担当する都立高校教員を募集した際に、その資格として英検1級以上を有し、教科を完全な英語で授業できることが条件で、私も当時はそんなに高い英語力をもった英語科以外の先生が都立高校にどれだけいるのだろうと思った記憶があります。
しかし、よくよく調べてみると、本来的なIBプログラムの目的は、決して英語学習に特化して、海外大学に進学するためのカリキュラムではなく、むしろ、小石川の「小石川フィロソフィー」にきわめて近い考え方の探究学習に重きを置いている教育プログラムであることが分かります。国際バカロレア機構では、IBプログラムの使命(Mission)を「The IB develops inquiring, knowledgeable and caring young people who help to create a better and more peaceful world through education that builds intercultural understanding and respect.(「国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています。」)と述べています。国際バカロレア機構は、さらにIB学習者像(profile)について「The profile aims to develop learners who are : •Inquirers •Knowledgeable •Thinkers •Communicators •Principled •Open-minded •Caring •Risk-takers •Balanced
•Reflective(このプロフィールは、次のような学習者を育成することを目的としています。
・探究する人 ・知識のある人 ・考える人 ・コミュニケーションができる人 ・信念をもつ人 ・心を開く人 ・思いやりのある人 ・挑戦する人 ・バランスのとれた人 ・振り返りができる人)」として記載しています。これらの使命や学習者像のいくつかは、「小石川フィロソフィー」だけでなく、小石川が教育活動全体で行っていることと重なるように感じます。また、高校段階のIBプログラムを「Diploma(ディプロマ)」といいますが、Diplomaにおける必ず自分で研究テーマを選んで論文を作成しなければならないところなどは、「フィロⅤ」「フィロⅥ」に通じるところがありました。
私はこの夏アデレードに3年生と出かけて、教育のグローバル化について考えを深める機会を得ました。IBを調べながらその研究論文を読んでいくと、教育のグローバル化の方向性は、自分の考えたことを他と人たちと共有し、他の人たちの考える自分とは異なった考えを共有しながら、新たな考えを生み出す力を身に付けることや、そのために必要な言語力や表現力、論理性を身に付けること、答えのない困難な課題に果敢に挑戦することでした。
小石川の生徒たちにとって、教科の知識を身に付けることはとても重要ですし、英語の語学力を身に付けることもとても大切ですが、さらに身に付けた知識や語学力を活用して、自分の考えを深め、それを小石川の仲間と共有して、より大きいクリエイティブな探究や課題解決のできる人になってもらいたいと考えています。
小石川は毎日、毎時間の授業をとても大切にしている学校です。先生方はいろいろと授業の工夫をして、知識を身に付ける授業、思考力や表現力を身に付ける授業、体験的な授業など、さまざまな授業の取り組みを行います。そして、高度なレベルのディスカッションやディベート、プレゼンテーションを多くと入れながら授業を進めます。こうした時間を授業の中で多く取っていることが、小石川の学習がグローバルスタンダードであることを示しています。
まだまだ暑い日が続きますし、行事週間の準備も大変ではありますが、2学期の授業で生徒たちのより真剣で積極的な学習が行われることを期待しています。