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2025/06/20 校長室だより

校長室だより「手話という言語」令和7年6月20日

手話授業風景
世田谷総合高校「手話」の授業

 

 令和7年6月18日(水)、手話に関する施策の推進に関する法(手話施策推進法)が衆議院本会議で可決され、成立しました。施行は公布の日とされており、成立から30日以内に公布、そして施行されます。

 手話は、聴覚障害者の生活の中で生み出された「手のことば」で、聴覚障害者の大切なコミュニケーションツールです。手の形や動きの方向・大きさなどによって、さまざまな意味をあらわすことができます。また、顔の表情や体の動きも使い、感情を豊かに表現できる言葉です。
 本校では授業として「手話」(2単位)を設置しており、2・3年次で学ぶことができます。毎年大人気の講座で、今年度は定員を大幅に増やしました。

 日常的に日本の手話を使う方も、文字(読み・書き)は日本語を使っています。今の日本語は話す言葉と書く言葉が同じですが、手話の場合、話す言葉(手話)と書く言葉(日本語)が一致しないことがあります。日本で使われている手話には「日本語対応手話」と「日本手話」があります。「日本語対応手話」は、日本語と同じ語順で発声しながら、手話単語や指文字を並べて表現するので、書く言葉とほぼ同じです。「日本手話」は、聴覚障害者のコミュニティで育ってきた独自の言語で、日本語と同じ語順にならなかったり、一つの動作で複数のことを表現したりするので、書く言葉とは一致しません。

 書く言葉と話す言葉が一致しないのは、手話に限ったことではありません。日本では、もともと文字がなかったところに中国大陸から伝わった文字(漢字)を使うようになりました。このとき、当時の日本人が文章として書いたものは漢文(昔の中国語)でした。日本語を文字で表す方法を当時の日本人はもっていなかったのです。そこで当時の日本人は工夫をして、漢文を日本語として読む方法を考えました。それが「返り点」(レ点や一二点など)です。また、漢字の読み方を表すために難しい読みの漢字に小さく読みやすい漢字を書く工夫をし、それが簡略化されて片仮名になりました。例えば、「宇」のうかんむりの部分だけをとって「ウ」と書くようになったのです。

Nihonshoki_tanaka_version
(日本書紀。漢文で書かれている。Wikipediaより)

 


 しかし、話している日本語を漢文(中国語)に翻訳して書くのは大変な労力です。できれば話している日本語をそのまま書きたいものです。そこで、漢字の読み方だけを使って日本語を書き記す方法を考えました。漢字の読み方だけを使って日本語を書くという方法です。この「当て字」のような使い方から、漢字を速くかくようになって字形がくずれ、平仮名ができました。たとえば、「安」を速く書くうちに「あ」と書くようになったのです。

万葉集
(万葉集。「吾名者毛千名之五百名尓雖立君之名立者惜社泣」と書かれており、「わがなはも ちなのいほなに たちぬとも きみがなたたば をしみこそなけ」と読む。文化遺産オンラインより)

 

 言葉は変化していきます。日本語も、書き言葉が変わったのももちろんですが、話し言葉も時代とともに変化しています。しかし、私たちはすでに変化してしまった言葉を使っているため、言葉が変化する様子を知るには、書き記された史料から読み解くほかありません。
 しかし、新しく生まれた言葉であれば、今まさに変化している様子を観察することができます。そんな言葉があるのか・・・それが手話なのです。
 中米にあるニカラグアという国では、以前、聴覚障害者同士の社会と呼べるようなものはなく、聴覚障害者は家族内で最低限のコミュニケーションをとる程度で、ミミカス(スペイン語でものまねを意味する)と呼ばれる家庭内でだけで通じるパントマイム的な手真似しか存在しませんでした。
 1983年、政府の政策の一つとして識字率の向上が掲げられ、2つの全寮制の学校に聴覚障害のある少年少女約400人が集められました。彼らがもっていたコミュニケーション手段はミミカスで、当然各家庭で異なるのでそのままでは意思疎通ができません。彼らは独自に原始的な手話を創り出していきました。その学校ではスペイン語の指文字などが教えられていましたが、もともと文字という概念をもっていなかった彼らには影響を与えることはありませんでした。その間も彼らは学校生活や域帰りの中で原始的な手話を発展させ、ニカラグアでの手話の第一段階を生み出しました。
 1986年から、ニカラグア政府は言語学者を派遣して、その意思伝達手法について研究を始めました。ミミカスから原始的な手話、そしてさらに発展した手話へと変化していく様子を観察することができたのです。現在もニカラグア手話は発展し続けているそうです。

 今回成立した手話施策推進法でも、基本理念として「手話が長年にわたり受け継がれてきたものであり、かつ、手話により豊かな文化が創造されてきたことに鑑み、手話文化の保存、継承及び発展が図られるようにすること。」とされています。英語、中国語、ハングル、フランス語に加え、手話という言語を学んでみませんか。


※本文中の表記については、原則として東京都及び東京都教育委員会、その他公的機関のものにならっています。
※言語の歴史については、諸説あります。