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東京都立田柄高等学校 全日制

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2022/03/25 TGR光が丘今昔

TGR光が丘今昔81 「山口県光市光丘」

山口県光市光丘1番1号(大字浅江字光丘)

 ① 正式住居表示(町名) 山口県光市大字浅江字光丘1660番地、山口県光市光丘

 ② 施行年月日      昭和58年 8月19日、平成24年

 ③ 施行前の旧町名    山口県光市大字浅江字奥大蔵,字大蔵,字大藏,字上大蔵,字徳法師,字東徳法師,字西徳法師,字上木園,字高色地,字湯面,字奥木園,字西木園,字柿ノ木,字鯨

 ④ 現在の主たる地目   学校用地(施行前は,耕地番,山林番)

 ⑤ 町名(名称)決定した主たる理由

 山口県立光丘高等学校用地であるため,小字を同じにしたものである。

 ⑥ 候補となった他の町名の例示

 特記事項なし。

 ⑦ 歴史的なものなど何か貴所「光が丘,光ヶ丘 等」で由緒あるもの

 特記事項なし。

 ⑧ 「が,ヶ,ガ」を使用した理由

 特記事項なし。

 ⑨ その他特記事項

 住居表示として行なったものではない。山口県立光丘高等学校は,昭和58年4月に開校されたもので,敷地造成を光市土地開発公社で行い,95筆ある土地を合筆し字光丘1660番地にしたものである。合筆するには小字を同じにしなければ合筆できないため,字名の変更を行なった際に高校名である光丘を使用した。当時光市には光高校もあり,光丘高校は光西高校の案もあった。

 

 山口県光市大字浅江字光丘は,山口県立光丘高等学校設置に伴う高等学校敷地内の地番であり,開校にあたって高等学校名に合わせて設置した名称である。山口県立光丘高等学校は,昭和55(1980)年3月に山口県教育委員会が周南東部地区に県立高校の新設を発表し,同年12月より光市土地開発公社に用地買収と校地造成工事の業務委託したことから始まる。昭和57(1982)年10月1日に設置条例が公布され,同年11月1日に設置された。クラス規模は4学級規模の普通科の高等学校であったが,平成13(2001)年4月1日より総合学科の高等学校に改変されている。敷地面積は,76,691[m2]であり昭和58(1983)年10月に山口県が買収している。これに先だって地番変更がなされたことが光丘の設置経緯である。ちなみに東京都立光丘高等学校の敷地面積は,19.852[m2]であるので約4倍の校地を有している。山口県立光丘高等学校の中には,ゆとりのある校舎の他,体育館,プール,サッカー場,野球場,テニスコート,ホッケー場,弓道場などの施設が十分確保されており,大蔵池を望む眺望豊かな施設となっている。

 平成24年に大字から町名「光丘」に格上げされました。しかし、今年度末、令和4年3年31日をもって、山口県立光丘高等学校は閉校となり、光高校に統廃合されることになりました。大変残念なことです。

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筆者(加藤)の訪問は2004年8月でした。県立光丘高校の校長先生と写真を撮りました。