校章

東京都立墨田川高等学校

沿革

大正10年(1921年) 10月4日
東京府南葛飾郡寺島1359番地に東京府立第七中学校設立認可
大正11年(1922年) 1月26日
静岡県立沼津中学校長砂崎徳三校長(初代)就任
3月29日
東京府立第一高女内で本校の入試を実施 (678名受験し、288名合格)
4月4日
東京府立第一高女内で第1回入学式(280名入学)
4月11日
寺島小学校旧校舎で授業開始
大正12年(1923年) 1月8日
新校舎へ移転 新校舎の画像
3月4日
第1回父兄会
3月11日
第2回父兄会(保護者会設立)
7月15日
長野県軽井沢町沓掛に山寮(沓掛寮:後の七生寮)完成し、学芸部(文化系クラブ)が林間学校として、三期実施(各10日間)
大正13年(1924年) 3月29日
夜間学校設置許可
大正14年(1925年) 4月10日
校歌制定
昭和2年(1927年) 3月7日
第1回卒業式(208名)※前年に四年修了者5名
7月22日
第1回同窓会総会
昭和3年(1928年) 10月13日
校旗制定新調
昭和8年(1933年) 3月31日
併設七中夜間学校を東京府に移管し、東京府立七中夜間学校と改称
7月20日
静岡県静浦村に校友会の水泳寮建設
新入生は、七生寮もしくは水泳寮で10日間の鍛錬
昭和14年(1939年) 3月31日
砂崎徳三校長退職
4月1日
東京府立第八中学校教諭鈴木鶴吉校長(2代)就任
11月13日
校訓制定
「質実剛健」「親和協力」「至誠力行」
昭和15年(1940年) 4月15日
補習科入学式(47名入学)
昭和17年(1942年) 4月1日
全都が4学区に分けられ、第2学区(向島・葛飾・足立・浅草・江戸川・本所・下谷・荒川・日本橋・城東・深川)が通学区域となる
昭和18年(1943年) 7月1日
都制施行により、東京都立第七中学校と改称
プール完成
昭和19年(1944年) 3月31日
鈴木鶴吉校長退職
4月1日
東京都視学官熊野絢太校長(3代)就任
昭和20年(1945年) 5月25日
全校舎空襲により焼失
昭和21年(1946年) 4月1日
熊野絢太校長、山口県視学官に転出
東京都立石神井中学校長吉木利光校長(4代)就任
昭和22年(1947年) 3月26日
水泳寮を沼津市へ譲渡
6月15日
第1回墨水会総会
昭和23年(1948年) 4月1日
高等学校設置基準法により、東京都立第七高等学校と改称
学区制が改正され、第6学区(墨田区・江東区・江戸川区・葛飾区)が通学区域となる
新しい生活指標の提示
4月19日
校舎落成
5月18日
千葉県船橋市海神に逝川荘購入
昭和25年(1950年) 1月26日
東京都立墨田川高等学校と改称
4月7日
男女共学制開始(女子69名入学)
4月15日
墨田川高等学校PTA(美汀会)設立
11月8日
生徒会発足
自然発生的に「族」が発生
校歌の混声四部合唱の編曲が梶村完(七中16期・ピアニスト)を通じ、奥村一の手に成った
昭和30年(1955年) 5月1日
講堂兼体育館完成
10月1日
吉木利光校長退職
東京都立城南高等学校長村田純一校長(5代)就任
昭和32年(1957年) 4月9日
三学期制に移行
昭和33年(1958年) 4月1日
村田純一校長、東京都立九段高等学校長に転任
東京都都立城北高等学校長小嶋政雄校長(6代)就任
昭和36年(1960年) 3月31日
小嶋政雄校長退職
4月1日
東京都立北野高等学校長木村武雄校長(7代)就任
7月15日
千葉県館山市浜田に楽水寮完成
昭和39年(1964年) 4月1日
木村武雄校長、東京都立小山台高等学校長に転任
東京都立赤城台高等学校長吉田寿校長(8代)就任
昭和40年(1966年) 3月1日
住所表示変更により、本校所在地が東京都墨田区東向島三丁目34番14号に変更
昭和42年(1967年) 4月1日
都立高校入学者選抜のための学校群制度発足
(両国・小松川高校とともに61群を編成)
入試科目を国語・数学・英語の3教科
昭和44年(1969年) 4月1日
吉田寿校長、東京都立両国高等学校長に転出
東京都立荻窪高等学校長渡辺謙校長(9代)就任
昭和45年(1970年) 3月7日
学校群1期生卒業式(387名)
昭和47年(1972年) 4月7日
服装自由化のテスト期間
9月30日
新服装規定を保護者に配布
昭和48年(1973年) 3月31日
渡辺謙校長退職
4月1日
東京都立豊多摩高等学校長井上敬一校長(10代)就任
昭和50年(1975年) 7月21日
七生寮・楽水寮を使って、1年生の林間・臨海教室開始
昭和51年(1976年) 3月31日
井上敬一校長退職
4月1日
東京都立葛西南高等学校長桂公平校長(11代)就任
昭和52年(1977年) 7月7日
学校沿革誌完成
昭和55年(1980年) 3月31日
桂公平校長退職
4月1日
東京都立秋川高等学校長増田信校長(12代)就任
昭和57年(1982年) 4月1日
群制度の変更により61グループ(墨田区・葛飾区)となり、入試科目を国語・数学・英語・社会・理科の5教科となる。
昭和59年(1984年) 3月31日
増田信校長退職
4月1日
東京都立三鷹高等学校長谷口雍校長(13代)就任
昭和60年(1985年) 3月31日
体育館完成
昭和61年(1986年) 4月1日
東京都立墨田川高等学校堤校舎、東京都立深川商業高等学校内に開校
昭和62年(1987年) 3月31日
東京都立墨田川高等学校堤校舎校舎完成につき、東京都墨田区堤通二丁目15番14号に移転
増田雍校長退職
4月1日
東京都立南葛飾高等学校長片桐重延校長(14代)就任
平成2年(1990年) 3月31日
片桐重延校長退職
4月1日
東京都立南葛飾高等学校長近藤梓校長(15代)就任
平成3年(1991年) 3月15日
第一校舎完成
平成6年(1994年) 2月24日
入学者選抜学力検査単独選抜開始(1学級の定員が42名となる)
3月31日
近藤梓校長退職
4月1日
東京都立蒲田高等学校長岩澤邦明校長(16代)就任
平成7年(1995年) 1月26日
入学者選抜における推薦に基づく選抜(面接)実施(1学級の定員が40名となる)
平成8年(1996年) 3月31日
岩澤邦明校長退職
4月1日
東京都立南葛飾高等学校長菊池文次校長(17代)就任
平成12年(2000年) 3月31日
菊池文次校長退職
4月1日
東京都教育庁人事部管理主事有賀康修校長(18代)就任
進学重視型単位制高校開設
二学期制に移行
平成13年(2001年) 4月1日
45分7時間授業開始(平成13~17年度)
7月2日
第二校舎全面使用開始
平成14年(2002年) 4月1日
学校完全5日制施行
スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(平成14~16年度)
平成15年(2003年) 3月13日
進学重視型単位制高校1期生卒業式(310名)
3月31日
東京都立墨田川高等学校堤校舎閉校
有賀康修校長退職
4月1日
東京都立大島南高等学校長渡邊健治校長(19代)就任
平成16年(2004年) 2月23日
学力検査問題(国語・数学・英語)を自校作成
平成17年(2005年) 4月1日
渡邊健治校長、東京都立豊島高等学校長に転任
東京都立青井高等学校長大澤紘一校長(20代)就任
平成18年(2006年) 4月1日
50分6時間授業(土曜授業)開始
新入生より特別進学クラス及び制服の導入
平成19年(2007年) 1月27日
推薦に基づく選抜において、文化・スポーツ等特別推薦導入
4月1日
進学指導推進校(平成19~21年度)に指定
平成20年(2008年) 3月31日
大澤紘一校長退職
4月1日
東京都立東村山高等学校長佐藤光一校長(21代)就任
部活動推進指定校(平成20~23年度)に指定
平成21年(2009年) 3月31日
定時制課程閉課程
4月1日
重点支援校(平成21~23年度)に指定
5月27日
進学指導推進校(平成22~24年度)に再指定
平成23年(2011年) 3月31日
佐藤光一校長退職
4月1日
東京都西部学校経営支援センター支所長柴田哲(22代)校長就任
ICT活用推進校(平成23~24年度)に指定
平成24年(2012年) 4月1日
理数フロンティア校(平成24~26年度)に指定
言語能力向上推進校(平成24~26年度)に指定
平成25年(2013年) 4月1日
進学指導推進校(平成25~29年度)に再指定
10月6日
学力スタンダード推進校(平成25~27年度)に指定
平成27年(2015年) 3月31日
柴田哲校長退職
4月1日
東京都立蒲田高等学校長上村肇校長(23代)就任
平成28年(2016年) 4月1日
英語教育推進校(平成28~30年度)に指定
平成30年(2018年) 3月31日
上村肇校長退職
4月1日
東京都立砂川高等学校長坂光司校長(24代)就任
進学指導推進校(平成30~34年度)に再指定
平成31年(2019年) 4月1日
英語教育推進校(平成31~32年度)に再指定
女子の制服にスラックスとネクタイを追加
令和2年(2020年) 3月31日
坂光司校長退職
4月1日
東京都立浅草高等学校長寺島雅夫校長(25代)就任
令和4年(2022年) 4月1日
寺島雅夫校長、東京都東部学校経営支援センター担当課長に転任
東京都教育庁人事部試験課長渡邊範道校長(26代)就任
45分7時間授業開始
9月22日
進学指導推進校(令和5~9年度)に再指定
10月5日
創立百周年式典挙行(すみだトリフォニーホール)