校章

東京都立久留米西高等学校

177粒目:81歳の教え子の話

2022/12/08

 今回はちょっと個人的な話をします。176粒目の話を受けてというわけではありませんが、今回はお付き合いください。

 私には今年81歳の教え子がいます。「スギちゃん」と言います。

 一瞬「えっ!」と思うかも知れませんが、本当の話です。どういうことか、ちょっと想像してみてください。

 平成13年4月、私は定時制高校に勤務していました。そこに60歳の女性が入学してきました。それがスギちゃんです。中学校卒業後すぐに働き始めた彼女は仕事と子育てに明け暮れ、60歳の定年を機に「やっぱり勉強したい」と思って、定時制の門を叩いたのでした。入学式にはスギちゃんの子供たちに連れられて彼女のお母さんも参列しました。お母さんは入学式に臨む娘スギちゃんの姿を嬉しそうに見ていました。

 当時勤務していた定時制には3年間で卒業する「三修制」がなかったので、4年間で卒業します。スギちゃんは在学中の4年間一貫して「優等生」でした。いつも教卓の前の席を陣取って熱心に授業に聞き入り、提出物もしっかり出してくれました。体育の実技だけはちょっと大変そうでしたが、それ以外はしっかり取り組んでくれました。クラスには様々なタイプの生徒がいましたが、スギちゃんはその中にもしっかり溶け込んで、お母さんのような友達のような絶妙な存在感で校外学習等も一緒に楽しんでいました。

 私のクラスでは、他の保護者の方の同意を得た上で、担任の私からお願いしてスギちゃんに保護者会に出席してもらっていました。なぜなら私よりクラスのみんなと一緒にいる時間が長いので、いろいろとクラスでの様子を聞くことができるからです。また保護者よりも年上で、子育ての先輩としての話を聞くこともできるので、私のクラスの保護者会の出席率は学校の中でも突出していました。

 この代の修学旅行は沖縄でした。スギちゃんはクラスのみんなと一緒に行くことを本当に楽しみにしていましたが、直前に旦那さんが体調を崩したため参加を断念することになりました。しかしそんな時でもスギちゃんは終始明るく振る舞い、当日は羽田に行くことが不安な一部のクラスメイトと立川駅で待ち合わせて、羽田空港まで連れて来てくれました。そして一瞬だけ少し寂しそうな表情で私にこう言いました。

 「これが、私の修学旅行」

 それを聞いた私はすぐさまクラス全員を集めて、集合写真を撮りました。なぜならこのタイミングを逃すと「クラス全員の集合写真」を撮ることができなくなるからです。集合写真を撮る意味がわかっていない生徒もいたようでしたが、担任の迫力に気おされて全員が素直に集合写真に収まりました。

 平成17年3月、スギちゃんは無事に卒業を迎えることができました。しかし、その時には入学式を見届けてくれたお母さんも、修学旅行に行かずに看病した旦那さんも彼女の晴れ姿を見ることはできませんでした。しかしスギちゃんは子供たちに囲まれて満面の笑みを浮かべていました。

 その後、折に触れて一部のクラスメイトと会う機会がありましたが、そんな時にスギちゃんはいつも参加していて、いつもの笑顔でおいしそうにビールを飲んでいました。そんな様子の集合写真を何枚も持っています。連絡の取れるメンバーでグループLINEもできて、結婚したり、子供ができたりといった近況を報告しあうようになりました。

 副校長を務めていた前任校のとある年の新入生説明会で、一人のお母さんに声をかけられました。なんとスギちゃんの娘とのことでした。正直私はピンと来なかったのですが、私のことをスギちゃんからよく聞いていたとのことでした。しばらくしてスギちゃんからも連絡があり、「孫をよろしくお願いします」と言われました。とても縁があるなぁと思っていました。

 校長としてくるにしに着任した時には、先述のグループLINEを使って報告しましたが、とても喜んでくれました。しかし、コロナ禍ということもあり、ずいぶん長い間会うことはなく、連絡も途絶えていました。

 この前の日曜日にスギちゃんから連絡がありました。久しぶりだなと思いながらメッセージを見ると、娘さんが書き込んでいました。そこにはこう書いてありました。

 「母が本日亡くなりました」

 言葉を失いました。とにかく会いに行かなければいけない気がしました。娘さんと連絡を取り、葬儀の時間と場所を聞きました。そしてスギちゃんの訃報をグループLINEで共有する許可をもらって、久しぶりにグループLINEに書き込みました。

 昨日、休暇を取って、スギちゃんに会ってきました。久しぶりに会うその顔にはいつものように安らかな笑みをたたえていました。3人の子供と5人の孫、1人のひ孫に囲まれて、穏やかな気持ちで「その時」を迎えたそうです。顔見知りの娘さんを含めた子供3人からたくさんの話を聞くことができました。また私も4年間のたくさんの思い出を話しました。スギちゃんの孫が私の勤める学校に入学するという「縁」の話をした時に、そのいきさつを娘さんに初めて聞きました。おばあちゃんであるスギちゃんが自分の娘と孫娘に向かって「中村先生がいる学校にしなさい」と言ったそうです。

 …泣きそうになりました。

 午後からの仕事に間に合うギリギリの時間まで斎場にいましたが、その間に当時のクラスメイトやそのお母さんとも会うことができました。「冠婚葬祭は人を呼ぶ」といいますが、スギちゃんがみんなを集めてくれました。クラスメイトは最年少でも既に36歳です。他の高校を中退して定時制に入り直した生徒はそれよりも年上ということになります。ちょうどくるにしメンバーの保護者の皆さんと同年代でしょうか。

 笑顔を絶やすことなく、いつも明るく前向きで、目の前のことに真剣に取り組んだ一人の女性の話でした。

 くるにしメンバーの皆さん、「今」というこの時を真剣に取り組んでいますか。私も自問自答しています。

 私はスギちゃんの学ぶ姿勢、そして生きる姿勢を心から尊敬しています。どうぞ安らかに。

①昨日今日とよく晴れて暖かかったですね。昨日斎場で見上げた空も青空でしたし、そして今日の田無タワー方面も青空でした。おはようカウンターは307回でした。

 221208田無タワー 221208おはようカウンター

②昨日の午後はくるにしの先生方への校内研修としてぼうず教育実践研究所代表の磯村元信先生をお招きしました。磯村先生は東京都立秋留台高等学校の校長を11年間という異例の長期間勤められた後、都立八王子拓真高等学校の校長を勤められて今年3月をもって退職された、都立高校で最も有名な校長だったと言っても過言ではない方です。昨年度にNHKの「クローズアップ現代」でも八王子拓真高等学校での磯村先生の様子を取り上げていました。生徒を指導する上での心構え等について、貴重なお話を伺うことができました。研修終了後に校長室で話し足りない先生方が磯村先生と熱く語り合う様子はとても頼もしく思えました。磯村先生、貴重なお話をありがとうございました。

 221208研修① 221208研修②

③今朝正門から戻る途中でグラウンドに行ってみると、グラウンドを整備するための新しい土が盛ってありました。今日で期末考査が終わりますから、この後グラウンド整備をするのでしょうか。よく見ると小動物の足跡がついていました。これはタヌキでしょうか。

 221208黒土 221208足跡